しのもものの日記🎈

個人的な日記をひたすら書くだけのブログです。

音楽より本を

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外出先で、カフェで、ヨーガ・スートラを読む。

 

わたしはやっぱり世界を拒絶してるのだろうか。

自分を取り巻く存在の多くを受け入れ難い所がある。

何に対して不快なイメージを抱いてるのだろう。

 

自分が傷つかないように必死で守っている。

自分が疲れてしまうから。

 

世界はそのまんまで、その世界をどう見るかは自分次第。

だから世界はすべて自分自身の投影物とヨーガ・スートラは言うのか。

心が欲を生み出す。

外界で見えているものは、本当のところ、すべて自分の中で作り出されている。

 

他人からよく思われようとしてるかな。

いや、そんなこと思うのはとっくに捨てていて、自分の好きなようにしている。

どんな風に思われてても構わなくて、他人の事など気にしてない。

 

でも、本当に心から気にしてないのであれば、自分の置かれている環境や他人がどうであれ、そこに煩わしさを感じる事はない。

自分の幸せを自分の中から見いだせる。

 

という事は、まだ他人をどこかで意識している。

他人を気にして自分を取り繕っている。

幸せを自分の中ではなく、他人にもとめている。

わたしという人間は、とても守備範囲が狭く、社会にも人の輪というものにも、適応しない。

 

人格に問題があるから仕方がない所はあるけれども、やっぱり、強さが欲しい。

ねじ伏せる強さではなく、

そのままでいられる強さ。

何かに怯えて真の自分を防備するわけではなく、脱力してふわふわと漂いながら、どこに流されても素の自分でいられる強さ。

 

これを突き詰めたら、答えは「無」の一言でしかない事に気づいてしまった。

 

瞑想が目指しているものは、「無」とは違う、という話も聞くけれどね。